※今回の記事は『はま太郎』11号「編集部の書棚」より転載記事となります。
今後不定期で(気まぐれではありますが)『はま太郎』バックナンバーより一部記事を抜粋してのご紹介をしていけたらと思います。そして、気まぐれで書下ろしの読書録も掲載していく所存です。
『雲のうえ』 「雲のうえ」というフリーペーパーがあるのをご存知だろうか。 2006 年に北九州市によって創刊され、現在 24号まで刊行している地域情報紙だ(現在は北九州市にぎわいづくり懇話会が刊行)。 今回紹介する本はそのフリーペーパーの創刊号から 5 号までをまとめたものである。
創刊号の特集は「酒場」。
酒場といっても普通の居酒屋ではなく、酒屋の角打ちだけを取材しているのだ。
地域の魅力を伝えるために、まず最初に選んだテーマがこれなのだから、普通の地域情報紙ではないことがわかる。 しかし、このチョイスは、決して奇をてらったわけではない。
北九州市は八幡製鉄所を中心に産業の街として栄えた。その繁栄を支えた工場労働者たちが1日の疲れを癒やした角打ちは、地元の人間が「ほどけた素顔を覗かせる」場所。 北九州市のことを知るためには最適のテーマなのかもしれない。 2号からの特集は市場、工場、島、食堂と続く。
表紙の牧野伊三夫さんのイラストの横に書かれた「北九州市民を虫めがねでのぞいてみると……」という視点で、どれも地元の人を丁寧に捉えている。
「扉のない酒場へ」という言葉とともにはじまる創刊号の特集を読み進めていくと、まず各酒屋の風情あふれる写真に目を奪われる。
店内の様子、コップ酒、ツマミ、店主、女将さん、常連さんの写真を見ていると、行ったこともないのになぜだか懐かしさを覚えた。
横浜も京浜工業地帯の一都市として、昔から工場労働者の多い街だ。 彼らが通った横浜の角打ちの情景ととても良く似ているからなのだろう。大竹聡さんが書く、店内で飲んでいるときの様子、店主や常連とのやりとりを読んでいると、まるでそこで一緒に飲んでいるような気分になってくる。どこの土地の酒場でも、名物オヤジ的な存在はいるらしい。
酒場の描写で思わぬ類似点を見つけることができ、一気に北九州市という土地に親近感を持ってしまった。 酒屋の壁の色はなんでこんなに同じような色になるんだろう。横浜橋近くの名店や鶴見に行ったときに訪れた角打ちを彷彿とさせる。 カウンターの高さはどれくらいなんだろうか。触り心地はどうだろう。 横浜で北九州市の角打ちカウンターに思いを巡らせる。今度から角打ちで飲むときの良いつまみになりそうだ。
『雲のうえ』北九州市にぎわいづくり懇話会著/西日本新聞社
(『はま太郎』11号「編集部の書棚」より転載)
(文責/星山)
追伸 後に知ったのだが、このフリーペーパーの製作には、鎌倉・大船にある立ち飲み屋「ヒグラシ文庫」のオーナーで水族館劇場のプロデューサーでもある中原蒼二さんが関わっていた。
ひょんなことから交流が生まれ、「雲のうえ」の膨大なバックナンバーを譲っていただく。そしてやがて『はま太郎』13号からは「酒に詠えば」と題した連載を持って下さることにもなった。
「雲のうえ」が結んでくれた御縁である。